八兵衛石

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江戸時代、島原の乱の後、キリシタンを収監するための牢屋敷が、文京区小日向につくられました。切支丹屋敷と呼ばれていました。ここの見張り番に八兵衛という者がいました。八兵衛は、キリシタンに接しているうちに、自分もキリスト教の信者となります。そして、情報をキリシタンに漏らすようになりました。ところが、その行為が発見され、穴の中に逆さ埋めにされたということです(ただし、いくつか異説はあります)。八兵衛が生き埋めにされた穴には、目印の石が置かれました。その後、石の周辺では怪異が起り、声や音が聞こえるようになります。人々は、八兵衛の祟りと怖れました。

切支丹屋敷は、現在住宅地となっていて、痕跡は残っていません。目印の石も、どこにあるかわかっていません。現在、切支丹屋敷跡地には、八兵衛石の由来を記した石碑と、出所がわからない夜泣き地蔵があります。跡地付近で、夜耳をすませて泣いている石はないか探してみるのも一興です。

画像:八兵衛石の由来を記した石碑
画像出所:4travel.jp
https://4travel.jp/dm_shisetsu/11302442

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